[焼きそばパン競作]食感ってとっても大切なのよ

 地下二階。洞窟を掘り抜いたかのように岩肌むき出しな廊下の隅の売店で、俺はもうかれこれ二十分以上も悩んでいた。並ぶ品々はとにかく多彩。緑色でスライム質のなにか、ラッピングされた動物の腕にしか見えない生肉、蛍光黄色のレンコン、携帯ゲーム機、エトセトラ、エトセトラ。
 まるで、抽象絵画かシュールレアリスムな空間から抜け出してきたような光景だった。「レンジとお湯はセルフサービス」という札が、ここが間違いなく売店で、しかも食料品メインで販売していると訴えている。
「昼休みが終わるぜにーちゃん」
 彫刻よろしく、表情をまったく変えない店員が言った。
「あ、はあ。いや、えっと。はい」
 俺は曖昧に答えて、また色彩博覧会に視線を落とす。ど、どれが俺の口に合う――というより「食べられる」んだ?
 目が眩みながらもゆっくりと探していく。と、
 ――焼きそばパン!?
 それは間違いなく、総菜パンのレジェンドオブ定番とも言える食べ物だった。ラベルにも間違いなく「焼きそばパン」とある。
 俺の手が、半ば条件反射的にそれを掴もうと伸びた。
 が、まるで間に入るかのように誰かの腕が割り込んでくる。
「……なに人の手掴んでるの」
 まっ白な腕、それでいて体温をまるで感じさせない冷たさで、サラサラとしている。
「あ、ごめん」
 俺は慌てて手を離し、声の主に向き直った。
 腕と同様、肌はどこまでも白。感じなかった体温のように顔は無表情で、けれども影に隠れた大きな瞳が俺を貫き見据えているように感じる。灰色と黒のフリルがふんだんにあしらわれたドレスを着ていて、ちりばめられたシルバーの装飾が冷たく光っていた。
 まるで、彼女だけが無機質、モノクロの世界に取り残されたような、そんな錯覚すらおぼえる。
「これが、欲しかったの?」
 幽霊を思わせるか細い声で言いながら、彼女は焼きそばパンを胸に抱いた。動きに合わせて、カシャンと音が鳴る。
「ああ。他のものは俺に合いそうにないから……」
「そう」
 彼女が店員に金を渡そうとした。
「ちょ、ちょちょちょ待って!?」
「なによ」
 慌てて腕を取ってとめると、彼女は不機嫌そうに口を少しだけ大きく開く。
「俺にはそれしかないっていったよね」
「いったけど」
「『譲ってもらえないか』ってこと!」
「なんで」
「いや、なんでって……」
「私は今日は、これを食べたい気分なの」
「『今日は』ってことは、他のを食べることもできるんだろ!?」
「できるけれど」
 彼女はちらりと並ぶ品々を見まわして、
「やっぱり『今日は』これ」
「ええええええええ……」
 俺は軽く目眩を感じた。なんだよ今日はって。いいじゃないかよ譲ってくれたって……。
「なあ、頼むよ。俺には……「人間」の俺には、それしか食べられそうなものがないんだ。頼む、この通りだ」
 深々と頭を下げた。
 彼女が体を傾けるのが、雰囲気と音でわかる。
「そう言われても、私だって、今日はこれ」
「つったって、君――」
 俺は体勢を整えて、

「――骨じゃないか」

 と言った。
「骨だけど」
 彼女はあごをカシャンと閉じて頷いた。
 そう、彼女は骨、スケルトン。腰にぶら下がったシミターは相当の年代物だろう。それが焼きそばパンを胸に抱いて、お嬢さま然とたたずんでいるのだ。
「味覚は?」
「ないわ」
「だったら!」
「触感ってとても大事なの」
「……」
 もはや、ぐうの音もでない。

 ぐー。

 や、お腹はぐうといってのけた。
「お腹、すいてるの?」
「ああ、今日はなにも食べてない」
 そもそも食べれるものに出会ったためしがない。ここ、この『学園』。ダンジョンをまるごと敷地にした、モンスターたちが通う全寮制の学校へと入れられてから、ついに見つけた唯一の食料なのだ。
「それならさっさと言いなさいな」
「いやいや、察してくれよ」
 彼女は首を傾げて少し考えるような間があったあと、店員に今度こそ金を払ってしまった。
「ああ!?」
「一緒に食べましょう」
「へ?」
 焼きそばパンを胸に抱き、さっさと廊下を歩き出してしまう。
 慌てて追いかける俺の背中に、店員であるモアイの「おいしくめしあがれ!」という低い声が届いた。