群像劇として、キャラクターの特性を綺麗に描き出すことに成功している「ガケロウデイズ」書評

『カゲロウデイズ』他、投稿された楽曲の関連動画再生数が1000万を超える超人気クリエイター・じん(自然の敵P)。その本人による書き下ろしノベルが登場!全ての関連楽曲を繋ぐ物語が初めて明かされ、さらなる「謎」を呼ぶ!―これは、8月14日と15日の物語。やけに煩い蝉の声、立ち揺らめくカゲロウ。真夏日のある日にある街で起こった一つの事件を中心に、様々な視点が絡み合っていく…。新感覚の燦然たる青春エンタテインメント小説。

via: Amazon.co.jp: カゲロウデイズ -in a daze- (KCG文庫): じん(自然の敵P),しづ: 本

ニコニコ動画で楽曲の作り手として人気のある「じん(自然の敵P)」自ら手がけると言うことで、本書はかなり話題となった。元々、著者の曲はそれぞれに相互リンクしているようなニュアンスがあり、曲中のキャラクターが他の曲に顔を出したり、一部のコードが過去曲から引用されていたりと、ファンの心をくすぐるような仕組みを持っていた。
曲自体も物語性が強く、ファンたちは様々な憶測を交えながら曲を理解するという楽しみがあった。そんな中で「カゲロウプロジェクト」という、著者の楽曲を繋いだ物語をリリースしていく企画が始動、本書はその第一歩目というわけだ。

著者の楽曲たちで息づくキャラクターたちが動き回る楽しさ

最初からトップギアというか、手加減を知らないようにキャラクターたちが喋りまくるのは圧巻だった。楽曲によってキャラクターたちの設定は読者の中には既にできている、という前提がまずあるからか、とにかく説明は最小限に話が始動する。描写の一つ一つ、モノローグの一編一編が、記憶の中の曲たちと結びついていく感覚は本書独特の持ち味だろう。

ただ、曲を知らない人たちからすれば、いささか説明不足すぎるという側面もある。例えば、キャラクターたちが4人程度で口論するシーンがあるのだが、一切「○○が言った」というような地文による描写がないのだ。これは少し読みづらさを憶えるが、その「描写の足りなさ」が彼ら、彼女らの騒がしさをかえって際立たせている印象もある。

群像劇としての構成

本書では、二つの視点で同一の時間軸をおっていくという、いわゆる群像劇の形をしている。物語の構成自体は典型的で甘い(というより幼い)部分も見受けられるが、そこに加わるキャラクターというのが抜群の個性を冒頭から獲得しているので、「同じ展開を繰り返す」という群像劇の中だるみする弱点を見事に克服している。

こういう疾走感を持った群像劇は、「バッカーノ」の成田良悟氏がまず頭に浮かぶ。比べることはできないが、群像劇を軽く読ませてしまう人は少ないので、是非ともこの路線を極めて欲しいと思う。

筆力の拙さが際立つ

これらの良い持ち味がある反面、筆力の拙さが色濃く出てしまっている。とにかく描写が足りない。どこに何があるのか、誰がどこにいるのか、ものの位置、行動、動作、表情。匂い、色、感覚。それらがとにかく欠如してしまっている。ほとんどが会話、そして心理描写でのみ話が進むので、文章としての「メリハリ」、リーダビリティ、読む楽しさを感じられないのだ。

もうアクションシーンなんてなにがなにやらな状況になってしまう。曲を作る著者だからこそ、展開と会話、心理描写などはさすが、と思える部分も多いのに、ここだけはとても残念であった。ただ、これからも小説は続いていくので、著者のさらなる技術向上に期待する。

新しいエンタメの誕生と判断できるか

このように、曲を知っている前提での本書であるが、曲と本、相互にリンクして補完していくという形は希だ。今までにあったような、ファンアイテムとしてのメディアではなく、しっかりと作品の一部として世に出てきたのは、やはり「じん(自然の敵P)」本人が手がけたからだろうと思われる。

ボーカロイド楽曲を元にした本がベストセラーになったぞと「結果」だけを見て、ボーカロイド関係の小説を多数出したところで、「カゲロウデイズ」のように成功するようなメディアは少ないだろう。著者本人が、自身の作品として、曲とは違うアプローチで、氏の世界感を表現できたからこそ、「カゲロウデイズ」は面白く、新しい。

本書が、新しいエンタメの形とは言えないかもしれない。けれども、誰もがマネのできる表現方法ではないことは確かだ。これからの著者の活躍を期待する。